steps to phantasien

Welcome to Appsterdam

Amsterdam

いまいち気力がおこらず動画などを物色していたところ、 去年のおわりに開催された Strange Loopというソフトウェア開発者向けイベントのビデオが 公開されているのに気づいた。 題目を見る限り面白いのが多そう。 ホスト先が InfoQ なのはちょっと残念だけど・・・。

ぼちぼち眺めはじめた中では Product Engineering なる題目の Mike Lee による講演が面白かった。 Mike Lee は 蔵書管理ソフトの Delicious Libraryや iPhone 用音ゲーの Tap Tap Revenge といったアプリで一山あてたあとしばらく Apple で働き、その後またスタートアップに移った波乱あふれるヒットメーカー。

実際に役立つかはともかく、話の内容も iPhone のヒットアプリを作るひとの行動や思考様式が覗き見られ印象深い。 まず Technology はギリシャ語の tekno と logia をあわせた言葉で logia は(人文科学的な文脈での)サイエンスなのだから、テクノロジー関係者は人間のこともわかってないとかん! と挑発するつかみで話を切り出し、クールで金になるアプリをつくるには何をどう考えれば良いかと議論を進めていく。 デザインでイノベーション! なんて言われると浮き足だつ人、IDEO の本37signals の冊子 が好きな人には楽しめる内容だと思う。 Reputation を根拠に安直な early release を批判する部分には iPhone アプリ開発者の真髄を見た気がする。昨今もてはやされているハッカー至上主義とはちょっと違う視点で面白かった。

Appsterdam

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私がいちばんおどろいたのは後半。 やや唐突にはじまった “Appsterdam” に関する熱っぽい語りだ。

アプリケーションをどのプラットホーム向けに開発すべきかを論じるなか、 Mike Lee はプラットホームとはみなそれぞれ違い、互いを比べるのはナンセンスだと語った。 プラットホームはテクノロジーではなくコミュニティーなのだから自分の好きな場所を選べばいいのだと。 Mike Lee 自身はとても熱心な Apple ファンで、 Apple 勤務時代は WWDC でエバンジェリストのようなこともしていたらしい。 そうした経験もプラットホーム=コミュニティ論を裏付けているのだろう。

開発者のコミュニティは素晴らしいところだ、なぜなら人々にはそれぞれビジョンがあり、 競合しうる同業者も利害関係を超えて互いに助けあうからだ・・・そう話はつづく。 そしてこの開発者コミュニティというアイデアをもっと推し進められないかと考えた Mike Lee は 稼いだ金で一年間世界を飛び回り、アムステルダムにアプリケーション開発者のための理想郷を作ると決める。 それが Appsterdam である。

講演の後半 1/4 は Appsterdam の理念とアムステルダムやオランダの素晴らしさを延々と説いている。 あいまいなヨーロッパへの羨望と Mike Lee 独自のピッチが相まって、 自分もオランダに住んで iPhone アプリでもつくろうかな、という気になってくる。 私はドメスティック・マインドな会社員なのでだいぶムリなかんじだけれど、 フリーランスや小さな会社で iPhone アプリを売っている人が見たらちょっと心が揺れるんじゃなかろうか。

それにしても Mike Lee はソフトウェア産業の中心で働くちゃきちゃきの西海岸バレーっ子なのに、 なぜわざわざ他所の国に行きたがっているのだろう。 動機は Appsterdam のサイトにある能書き を読むとわかる。ようするにアメリカ(とカルフォルニア)の政治/経済システムがダメということらしい。 サンフランシスコの治安は悪いままなのに投資家がつくったバブルのせいもあって物価や 起業のバーは軒並み上昇中だし医療制度もひどい、などなど。このへんは講演の中でも散々罵っている。

結局シリコンバレーの成功をつくったのは投資家や政府じゃなくてエンジニアなんだから、 エンジニアがあつあってコミュニティをつくれるならもっといいとこあるんじゃね? そう考えた Mike Lee は調査の末にアムステルダムが気に入って移住し、 仕事をしつつ Appsterdam をはじめることにした…というあらすじのようだ。 Appsterdam のメンバーになると、オランダでの各種イベントに参加できたり Appsterdam 界隈での仕事場所を用意してくれる。 たまに東京でも耳にするノマドブームのスケールが大きめのやつ、と理解すればだいたい合ってる気がする。 実際やってることは大差なさそうだけど、野望がやや大きい。

Richistan

最近たまたま ザ・ニューリッチ という本を読んだ。これは 2006 年頃に書かれた本で、 原題は Richistan という。 著者はハイテクや金融などからうまれた新興金持ちが まるで別の国で暮らすかのようにアメリカから浮遊している様子を描いている。 その架空の国を著者は Richistan と名付けた。

アメリカのスーパー金持ちが国家の縛りを逃れてヒコーキ(ファーストラクラスや自家用機) で飛び回りながら別の時空(ハイアットとマリオット)で暮らす様は ”コミュニティ - 安全と自由の戦場” でも議論されていた。 2009 年の金融危機でいくらかダメージはあっただろうけれど、 そういう人々はまだいるのだろう。

Appsterdam にも似た空気を感じる。 Mike Lee は連続起業家と言ってもいいヒットメーカーで、 よその国に移って仕事をしつつコミュニティをまわせる財力と求心力を持っている。 やってることはオランダに引っ越して NPO を始めただけ(!)なので Richistan で描かれたほどの派手さはないけれど、 国家の不備を独力で切り抜ける姿勢には通じるものがある。

数百万世帯を擁する Richistan 人同様、 Appsterdam 人にも多くの仲間がいる。西海岸のアプリ開発者コミュニティはいまとても景気がいい。 少し前に Forbes は The Rise of Developeronomics という記事でハイテク企業による人材買収合戦の激しさを描き、良いソフトウェアエンジニアを雇うこと/良いソフトウェアエンジニアであることがいつになく大きな財産になったと書いた。 WIRED もびっくりの煽りぶりだ。

その WIRED には The Hackathon Is On: Pitching and Programming the Next Killer App と題した記事が載った。サンフランシスコで開かれたとある hackathon に記者自らが参加して飛び込み取材を行い、野心溢れる若者とそこに群がる投資家や採用担当者の鼻息を伝えている。見ての通り The Next Killer は “App” にかかっている。 こうした hackathon は将来の Appsterdamian を育む場でもある。

Appsterdam は Mike Lee のやる気やソフトウェア業界の景気といった不確定要素に成功を左右される先行き未知数の試みだ。一方で Richistan で描かれたスーパー金持ちの政治介入や道楽よりはずっと慎ましく、手堅くも映る。問題にフォーカスして小粋に片付ける創業者のスタイルが透けて見える。 Y Combinator が Paul Graham のハッカー気質を反映して小さく反復的に成功したのと少し似ているかもしれない。コードで材をなした人間が自身の価値観を下地にコードを超えて活躍の場を広げる姿には、遠い世界の出来事とはいえ励まされる。

始まって 1 年弱の Appsterdam は今のところそれなりに活動してる様子。 iPhone アプリ開発で暮らしている、暮らそうとしている各位はぜひ MacBook 持参のうえ一ヶ月くらいオランダに立ち寄り、現場を覗いてきてほしい次第であります。


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